観測されないものは存在しない

 「お前の考えていることが全然わかんねえ。」
 当然の言葉だった。何故なら俺はもう随分と昔に他人に理解される事をあきらめてしまっているのだから、それはもうどうしようも無いほどに当たり前の成り行きなのだった。たとえそれが幼少期から共に過ごした最後の友人であったとしても、自己開示をあきらめた者に与えられる友情などありはしない。
 俺があいつを知っている様にはあいつは俺を知らない。それでも今まで俺を個として認識してくれたこと自体がそもそも奇跡的なことだ。人間が集団で生きる生き物である以上、やはり自己主張しなければそこに居ないのと同じ。光の当たる人間の影はどんどんと濃くなり、透明人間は権利を獲得するべくも無い。
 人はいつから全体を知るのだろうか。自分より尊むべき集団を思い知らされたのはいつのことだったろうか。時間にしか逃げ道を見いだせなかった学生生活で俺は全てを使い切ってしまった。もっとうまくやれたかもしてれないと今になって思うが、時間は巻き戻せない以上詮無きことだ。
 自分を大切に出来ない奴は他人を大切に出来ず他人にも大切にされない。俺は今日いよいよ透明になった。誰にも見られず触れられず、静かに日々を繰り返す。そこに安寧を見いだすのはやはり健全とは言いがたいのかも知れない。しかしながら俺はもう欲を追いかけ回すことに嫌気が差してしまったのだった。